アコム 消費者金融・キャッシング比較アコム活用術 TOP > 宮城 >キャッシングのアコム 4号バイパス大河原むじんくんコ-ナ-
| 店舗名 | 4号バイパス大河原むじんくんコ-ナ- |
|---|---|
| 住所 |
宮城県柴田郡大河原町字新南57-28 |
| 平日営業時間 | 9:00~21:30 |
| 土曜日営業時間 | 9:00~21:30 |
| 日曜・祝日営業時間 | 9:00~21:30 |
| ATM営業時間 | 24時間 |
【消費者金融用語】 流通系クレジット会社のルーツ
わが国のクレジットのルーツは、1895(明治28)年、愛媛県の呉服店「丸善」の田坂善四郎という商人がはじめた月掛け売り(品物を先に渡し、後で毎月売掛金を集金するという方式)が最初だといわれている。
丸善は、1904(明治37)年に九州の福岡に本拠地を移し、当時発展しつつあった八幡製鉄所や炭鉱労働者などのサラリーマンを対象に、20回掛け(商品の代金を20等分し、半端と2回分を頭金として現金で徴収し、残りを18回の手形で受け取るという19回払方式)や、交通機関を利用して移動する展示会方式の出張陳列販売などを生み出していった。
丸善は、月賦百貨店(漆器や衣類、家具、楽器などの月賦販売を扱う)といわれ、現在の流通系クレジット会社のルーツでもある。
丸善の方法を真似たり丸善で修業した弟子たちが、その後九州から日本全国へと独立していき、1910 (明治43)年には「丸武」(姫路)、「丸共」(大阪)といった月賦百貨店が設立され、その数年後には東京にも進出する勢いをみせた。
しかし、このようにして萌芽しはじめた流通系クレジット会社の前身は、1923(大正12)年の関東大震災により顧客や手形を失い、ことごとく崩壊した。
さらに震災の傷も癒えぬ1927(昭和2)年には金融恐慌、1929(昭和4)年には世界恐慌、1931(昭和6) 年には満州事変と、日本経済を不況に陥れる事件が立て続けに襲った。
ところが、このような不況対策として積極的に活用されたのが、クレジット販売だった。
この歴史的事実こそが、「クレジット業界の存在価値は景気と経済のけん引車だ」といわれる根拠になっている。
しかし、大正初期と同様に、昭和初期の流通系クレジットの萌芽もまた、1937(昭和12)年の日華事変、1941年からはじまった太平洋戦争によって摘み取られることになる。
しかし終戦後には、再び混乱と窮乏という不況のなかから流通系クレジット会社は再生していく。
現在の「丸井」の創始者である青井忠治は、丸共から独立してできた丸二商会で修業しており、「大丸百貨店」の前身である大丸商会も、月賦百貨店である丸善、丸武、丸共の流れのなかから誕生した。
また、「クレディセゾン」の前身である緑屋のさらに前身である和洋家具・岡本商店の創始者である岡本虎二郎も、丸善と故郷を同じくする愛媛県の出身なのであった。
そして、「OMCカード」の前身である丸興の設立者には、丸共の創設者の甥が関わっている。
つまり、直接的にせよ間接的にせよ、わが国の月賦百貨店のほとんどが、この丸善、丸武、丸共の流れをくんでいることになるのである。
一方、わが国で初めて流通系のカードが発行されたのは、終戦から15年、朝鮮戦争から10年経た1960(昭利35)年12月で、西武百貨店が最初である。
これは割賦販売法の規制を逃れる形で7回払い方式で開発されたものである。
その2年後には東武百貨店、小田急百貨店、松屋が、3年後には伊勢丹、松坂屋が、4年後には京王百貨店、近鉄百貨店がこれに続いた。
さらに8年後の1968(昭和43)年には三越が取引銀行である富士銀行、第一銀行(ともに現みずほ銀行)、三井銀行(現三井住友銀行)の消費者ローンと組み合わせた日本初のリボルビング方式のクレジットカードを発行した(融資限度額30万円、金利月0.8%、返済は銀行口座振替により、毎月残高の10分の1以上で5000円以上返済すれば、融資限度額範囲内で何度でも利用できるというもの)。
また、自社カード発行のリスクを嫌う一般百貨店やスーパーなどは、信販会社と提携して発行する形態の提携カード(信販会社側は代行カードと呼んだ)の道を選んだ。
自社カードを発行した一般百貨店のなかにも、提携カードを同時に扱うところも現われた。
このような百貨店やスーパーなどのカード化の動きは、信販会社のクーポンにも影響を与え、1966(昭和41)年には日本信販が従来の主力であったクーポンを割賦機能をもったカードへと切り替えた。
そして、その3年後にはセントラルファイナンス(旧中部日本信販)、オリエントコーポレーション(旧広島信販)、国内信販(旧鹿児島信販)が、4年後にはジャックス(旧北日本信販)がこれに続いた。
そして、これらの信販会社のそれぞれが各地域で百貨店との提携カードを発行することになる。
以上のような数々の激動を経て、現在の流通系クレジットの形態が出揃うことになるのである。